側にいるだけで心は通じる

こころ☆クラフト

コロナ禍になり、いろいろな事が変わりました。マスク云々は置いておき、大きく変わったのはコミュニケーションのスタイルです。オンラインの活用法のことですね。今では、WEB会議や講座などが当たり前になり、在宅ワークも一気に進みました。
これによる弊害も少なくはありませんが、メリットも多々ある為、コロナ禍が過ぎ去ったとしても、そのまま残るのではないかと思われるものの一つです。

確かに仕事においては、メリットが目立っています。一番は無駄が大きく減ったという事だと思います。
私も数年前までは、たった一時間の会議の為に、飛行機で出張したりしていました。海外まで出張し、取引先に会えずに帰ってくるような事もありました。会議といっても、移動時間、待ち時間、無駄だらけです。そういったものが、すべて不要になりました。
オンラインにする事で、物理的に外出できなかった人も参加できるようになったりと、プラスの効果もあったかと思います。

しかし、やはり弊害がないわけではなく、オンラインの限界も顕著になってきた気がします。

オンラインで伝わるのは「言葉」だけです。「情報」だけです。やはり心や感情は、直接会って、五感で感じて、正しく伝わってくるのだと思います。

会議などには「感情」など余計なものは不要な場合があるでしょう。だからオンラインでも問題なかったりするのです。営業には向いてないのかもしれませんね。できる営業マンほど対面にこだわる傾向にあるかと思います。もちろん質より数にこだわる場合は、オンラインが向いています。

ここでもし誰かが悩んで落ち込んでいたとします。このような場合、その人が一番求めているものは、優しさだったり安心感だったりするはずです。言葉を求めているのではなく、存在感を求めているのでしょう。一緒にその場にいてくれるだけでいい。何かの答えが欲しいわけではないのです。

誰かが極限まで落ち込んでいる時に、その問題の解決策を授けることはマイナス効果となる場合があります。本当は答えは知っていて、感情が追いついていないだけかもしれない。もしくは思考する余裕がないほど、心が落ちているのかもしれない。もしかしたら、かろうじて生きている事が精一杯になっているくらいに極限の精神状態になっている場合だってあるでしょう。
そこに「こうした方がいいよ」「こうするべきだよ」という答えを提示したところで、何の助けにもならないのです。むしろ傷を深くすることにもなりかねない。

ただ側にいて、その人の口から出る言葉を聞いてあげるだけで、気持ちは安らかになっていくものです。言葉を話すだけで心は穏やかになっていく事も多いはず。聞いてあげるだけでもいいんです。
こちらからかける言葉が不要な場合もある。心を伝える方法は、言葉だけとは限らないのです。
側に一緒にいてくれる人がいる。それだけで生きる勇気が湧いてくるはずです。

一つ例え話をしましょう。
幼稚園の運動会で、お父さん達の徒競走があります。お父さんは愛する子供にいい所を見せようと、必死になります。しかし気持ちとは裏腹に、体は動きません。必ず転けて怪我するお父さんが出てきますよね。笑
自分の年を忘れたお父さんが、ゴール数メートル前で倒れてしまった。その時に腰をギクっとしてしまった。しかしお母さんの声が聞こえてきます。「もう少しなんだから頑張りなさい!」・・って。
でもぎっくり腰の経験者ならわかると思いますが、1メートルも動けない事だって珍しくないのです。
そして家に帰ってまたお母さんに怒られます。「何やってるの!子供に恥ずかしい想いをさせて!」って。笑

かなり極端な例でしたが(笑)落ち込んでいる時に、いわゆる正論をぶつけられた人は、誰でも同じような気持ちになるのではないでしょうか?
言葉が欲しいのではないのです。欲しいのは愛情です。優しさです。他者の存在を感じることです。

私も昔は、落ち込んでいる人に、不要な言葉をかけていた人でした。そうして大切な人を深く傷つけてしまった事もあります。
それに気がついたのは、私が反対の立場になった時です。限界まで精神状態が落ちて、ギリギリの所で頑張っている時でした。「こうしなさい」「こうするべきだよ」という言葉で、更に深く傷ついた経験をして、過去の私の愚かさに気がついたのでした。
そして、ただ側にいて、私の言葉を聞いてくれるだけの存在に、深い優しさを感じたのです。言葉ではなく、他人の存在そのものに、生きる勇気を与えてもらったのです。私もこういう人になりたいという想いが、生きる希望となりました。

人間は一人では生きられません。側にいてくれる人がいる。側にいる存在がある。言葉だけではないのです。それを忘れては絶対にいけないと思いました。

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