今回は、幸せになる為のツールとして捉えた場合の、教育と占星術の位置づけを考えてみます。もちろんどちらも必要なものですが、どの場面で役立つのかを掘り下げて考えてみます。
最近、宗教に関する話題をよく聞くようになりました。
そもそも宗教の目的は、幸せになる為につきます。例えば何かの願いがあり、それを目標とする。
しかし現実には、願いが叶うまでに数年、数十年かかるものも少なくないかと思います。ゴールに達するまでの期間に答えは出にくいので、ここには「信じ続けること」という信念や忍耐が必要になります。
信じ抜いても良い結果が出ないばかりか、かえって不幸になっていたら、それは信じていた対象が間違えていたという答えになります。もちろん、その人が答えに出るまでの間に、信じ続けていたか、具体的な努力をしたか、という所までは他人には分かりませんので、答えは自分にしかわからないかもしれません。
占星術のメリットは、短い期間で結果の答え合わせができるという点にあります。1週間後の予測がどう出たか?1ヶ月後はどうだったか?と常に答え合わせをしていけるので、日に日に確信が深まります。
自分のホロスコープを見ているだけでなく、他者のホロスコープを見ている人は、人それぞれパターンは違っても、星のメッセージには間違えがないんだなと、理解が深まっていきます。
だから占星術なりに関しては、「信じる」という努力は不要で、信じることは簡単なのです。
例えば、病気になった時には医療の力を借ります。今では病院に行くのに、病院を信じないで行く人はあまりいないかと思います。大切な自分の身体や命を、医者を信じて預けるのですから。
最近、コロナやワクチンの話題で、「なんでもかんでも鵜呑みにしちゃいけないよ」という警告が出ているのは深い意味があるかもしれませんね。
しかし一昔前までは(今でもそうかもしれませんが)医療といえ絶対なものではありませんでした。多くの失敗と実験を繰り返して、その体験の上に今の医療が成り立っているのだと思います。
こういう意味では、占星術の位置付けは、医療と似ていると思います。
占星術も「こう読んでみたけど、こうはならなかった」「こう読んだら、確かにこうなった」という長い体験の積み重ねの結果に成り立っているのですから。
だから私は、占星術を目に見えないものと頭ごなしに否定するのは、人生においてはデメリットの方が大きいとさえ思うのです。医療だって・・人間の心や身体なんて、未だに神秘なものなのですから。
とはいえ、やはり占星術にも限界はあります。占星術で未来を予測し、自身のカルマを知り、それでもカルマには直面するのです。その直面した状態は、自分の望まない形の場合も少なくはないでしょう。全てが良いことばかり、思い描くままの人生なんてあり得ないので。
自身の精神状態が落ちた時に、そこからカルマに向かっていくパワーなんて、なかなか出るものではありません。また全てのカルマを回避できるものでもありません。
星に願っても、なんでも叶うわけでもありません。
だからこそ、一番大切にしたいのは「教育」だと思うのです。それも心の教育です。
身体は鍛えれば、どんどん強くなります。心も同じです。心も常日頃から、日常の中で鍛えていく事で、どんどん強くなっていくのです。
いざ人生に困難がきた時に、それを乗り越えて前に進んでいける「心」は、一石二鳥で身に付くものではありません。
ところが、ほとんどの人が、日頃から心を鍛えることはしないものです。特に安定した環境にいる人ほど、その状態に甘んじてしまい、心を鍛えることを忘れてしまいがちです。
だから宇宙は、定期的に「試練の時」を用意してくれるのかもしれません。
心の教育は、日常の中から心を鍛えていくことができます。
心の教育は知識だけでは不十分です。そこには実践主体の教育が必要になると考えます。
何かを「創る」という過程には、様々な要素が含まれます。
頭の中に夢を描き、それを具体的な計画として落とし込む。必要な知識を調べ、工夫をし、成功と失敗を繰り返していく実践の中で完成を目指す。
そこには他者の協力も不可欠です。役割分担をし、個々の得意分野を活かしながら、助け合って創り上げていく。その過程では、衝突も葛藤もあるでしょう。
そして完成した喜び。作り上げたものが壊れる悲しみ。そしてまた未来に進む挑戦の心。
クラフトの過程には、心を鍛える学びの要素が凝集されているのです。
“こころクラフト”は未来ある子供たちに、未来を創る強い心を鍛えたい。そんな教育を進めていきます。

