私が占星術の中でも、ソウルリーディングに強く感銘を受けたのは、自身の体験からでありました。我が身に起こった想定外の状況は、道理や観念、思考など、これまで確信を持っていた自分の基準では測りきれない事に気がつき、目に見えない世界へ頼らざるを得ない状態でした。
ソウルリーディングでは、自分の過去世での生き方を知る事ができます。もちろん映像のように具体的なものが見えるわけではないのですが、自身の思考パターンや行動パターン、つまり生命の傾向性を見る事ができ、その結果としてどのような人生パターンを生きてきたかが浮かんでくるのです。
人は何度も輪廻転生を繰り返してきているので、様々な人生を送ってきたとはずですが、幾重もの過去世の中で特に強い影響があったものは、魂の記憶として生命の奥底に刻まれるといいます。そしてその記憶は今世にも引き継がれます。
もちろん過去世の記憶は、今世で生を受けた瞬間に忘れる事になるのですが、幼少期の家庭、そしてこれまでの人生経験の中で、記憶が思い出されるような体験をするのです。これはカルマ(業)の伏線により、両親や家庭環境を選び、必然的に生まれてきているからかもしれません。
ここで重要なのは、生命の傾向性が同じ為、過去世と同じような思考パターンや行動パターンを取ってしまうという事です。それは対人関係に顕著に現れるので、結局は過去世と同じような人生パターンとなってしまうのです。
実際に自分のホロスコープからソウルリーディングをした時、まさに現実に目の前に起こっている事が、過去世であったと想定される出来事と、全く同じ事をしている自分に気がつきました。具体的な現状も同じ。もちろんここに至るまでの過程も同じ。そして自分の癖も、癖から無意識に出ていた言動までもがそっくりそのまま同じだったのです。
私は、まるで運命に定められたかのように、過去世からのカルマの流れのままに、人生の「落とし穴」にハマっている事がわかりました。
私がソウルリーディングを徹底的に学んだのはここからです。
過去世のカルマを克服し、どのように生きていけば良いかはわかりました。しかし起きてしまった事実は変えようもありません。
それでは、ソウルリーディングを広め、私以外の周りの人に、同じような過ちをおかして欲しくないと思いました。
他者のソウルリーディングを行う場合は、より客観的に見れますので、まさに占星術の凄さを実感する日々でした。もちろん過去世がどうであったかという答え合わせなど出来ようがありませんが、「過去はこうだった」という過程の上、だから結果として「今がこうなっている」という部分は、十分に見てとれるのです。
ソウルリーディングにも浅深はあり、私のように自身の体験を通して自覚できる人もいれば、自覚できなかったり、拒否したりする人もいます。しかし、客観的に見ていくと確認に変わっていくばかりなのです。
しかし、ここから私に疑問が生じてきました。
過去世を知る事は、本当に必要なのだろうか?
カルマを予想し、回避することができるのか?そもそも回避していいものなのか?
占星術師の中には、ソウルリーディングを行わない人も多いようです。
そもそも過去世や輪廻転生を信じていない人もいる。目の前に起きている事だけに特化したり、心理学的なアプローチに着目したり。
私が思うに、カルマを見抜き、それに直面する未来を予測したところで、簡単に回避できないばかりか、カルマを乗り越えられない人も多いのが現実だからかもしれません。怖い未来から目をつぶるしかないのでしょう。
例えば、私のカルマは、復讐の連鎖です。
自分が全てを捧げて生きてきた、たった一人の大切な人に尽くした人生を送っていた。しかし、その相手の思想は、本来の私の思想に反していて、自身の心に目をつぶり、偽りの自分を演じ続けているつもりだった。
こんな関係が長く続くわけはありません。私は無意識に相手を傷つけ続けており、遂には裏切られてしまうのです。自分の命とも言えるような相手を失った私。
ここからは復讐の連鎖です。愛するが故に、傷つけ、傷つけられ、相手の心を破壊し、自分の心も壊していきます。
時代が時代なら、殺し、殺された事もあるでしょう。周囲の人々に、深い悲しみを負わせた事でしょう。立場が、集団の長であったなら、数多くの民を不幸に巻き込んだ事もあるでしょう。
こんな人生を、何度も何度も繰り返してきているのです。
これを業と言うなら、一体どのくらい深くて重い業を積んできたのでしょうか?
今世でカルマの課題に直面したとして、これ程までに深い業が、今の人生で一つ二つの傷を負う事で、返済できるものなのでしょうか?
カルマに直面するという事は、程度の差はあれ、こういう事だと思うのです。
占星術で未来を読んだとして、簡単に回避できるものでもないかと思います。
実際に、私がソウルリーディングを行った人のほとんどが、いざカルマに直面するという段階になった時、占星術から離れていなくなってしまうのです。
これはなぜでしょうか?私は、頭で知識ではこうすればと理解していたとしても、無意識下の生命の奥では、これから起こる過去世の繰り返しを心は覚えていて、怖くなって逃げ出してしまうのでは?とも思っています。
また本来は、カルマに直面する目的は、それを乗り越えて、新たなる人生に帆をあげていく大きなチャンスなのだと思います。だから避けられない。未来を予想して避けてしまったら、生命が望む本来の目的からは遠ざけてしまう行為なのかもしれません。
カルマに直面することが悪いわけではないのです。
むしろ大切なのは、どうやってその困難を乗り越え、本当の幸福に進んでいくか!なのです。
答えは「教育」の先にあると考えます。人間教育こそが鍵なのです。
だから私は、こころクラフトを大切に育てていきたいと思っています。
次回の記事「生命の業に対峙する②」につづく

