私たちこと人間は、大宇宙の生命と同一で、宇宙生命から「個」としての役割を与えられた存在である。
この概念は、最近のスピリチュアル業界では、もはや当たり前になってきたかもしれません。それゆえ、多くのスピリチュアルワークの目的が「宇宙と一体化すること」にあるのも頷けます。
確かに真理に近づく欲求は高貴なものであるし、真理を実感できれば世界観や生き方そのものが変わるかもしれません。
しかし、この一方向の行為にはリスクも伴っているのではと感じています。
むしろ見失ってはいけないのは、逆方向、つまり宇宙生命からエネルギーをもらって、現実社会をより力強く生きていくこと・・にあると考えます。
九識の記事で紹介しましたが、人間の深層心理の入り口は、末那識が存在します。これは人間の意識を、全体である宇宙と分断し、「個」を確立するためのものであると考えられます。だから私たちの中に「自我」が芽生え、他人を自分とは別の存在と捉えます。
多くのスピリチュアルワークは、この末那識を突破する為のものであると想像できます。
次に末那識の奥に、阿頼耶識が存在します。ここが全ての人間通しが繋がっている領域でもあると考えられ、心理学でいうところの「集合的無意識」にあたるでしょう。
同時に、過去から未来へ続く「魂の記憶」もここにあります。過去世の記憶がある人は、阿頼耶識の記憶にアクセスした事のある人と言えるのかもしれません。
スピリチュアルで言うところのアカシックレコードは、私たちの「外」にあるわけではなく、私たちの心の中にあると解釈できます。
生命の最深部にある阿摩羅織こそが、宇宙生命そのものであると捉えられます。
さて、なぜ真理に近づくことにリスクがあるのか。私たちが考えている宇宙生命そのものと同一化することは、個の生命の「死」そのものだからです。誰でも数十年後には体験できる世界なのです。笑
だから、ここを追求するリスクは、個としての生命を軽視しかねないと思うからです。いわゆる「死に引っ張られる」状態になるかもしれません。実際にそう思われる現象を私も見てきたから言うのです。怖くないですか?私は怖いです。
例えれば、エヴァンゲリオンの「人類補完計画」とも言えますね。笑
知らない方の為に・・・人類補完計画を簡単に説明しますと・・・
人間は誰しもがその心の内に欠けた部分を持っており、人類は全体として不完全な個体からなる群体であるとし、完全なる生命体として一体化することを目的とした計画のことです。
作中では、個体である人間が生命のスープとなり、一つの生命になっていく模様が映像化されました。今考えると、すごい試みをしていたのだと思います。
この作品の中でも、全体との一体化は、個の死でもある事が強いイメージとして伝わってきました。
いつも話しているテーマですが、占星術を学んでいると、阿頼耶識の記憶が、私たち個人のホロスコープの中に表されていると言ってもよいのかもしれません。
私たちはホロスコープを通して、過去世の自分を知覚することができます。それを自覚できるかどうかは、末那識の層の厚さによるのかもしれません。
少しだけ私の話をします。
私のアセンダントは魚座の20°です。そして私の太陽は12ハウス魚座19°にあります。
アセンダントは、宇宙生命から「個」としての私が生まれてきた場所です。ホロスコープを人生に例えることがありますが、そこから一周して、また宇宙生命の元に帰っていくイメージになるのです。であるならば、12ハウスの最後の1°は、まさに宇宙生命に帰る場所とも言えるでしょう。
これを客観的に捉えると、私自身は宇宙生命を自覚できる究極の星の元に生まれてきたと解釈できます。しかし私には、そういう能力は全くありませんでした。理論では捉えられるけど、感覚が全くないのです。末那識が邪魔をしていたのでしょう。
ちなみに私の土星も12ハウス魚座19°にあります。太陽とピッタリコンジャンクションしているのです。
私はある「宇宙と一体化することを目的とする」スピリチュアルワークを受けた時、この土星の呪縛?制限かな?から解き放たれた感覚を得ました。その時から感性が極端に鋭くなりました。
他者の心が、一瞬で私の心に入ってくるようになったのです。言葉は不要で、本当に一瞬で「ポン!」と相手の心がそのまま入ってくるのです。何を思って何を感じているのか、一瞬で理解できてしまうのです。未来のコミュニケーションはこうなるのかもしれません。
この体験を数回通し、ある危険を感じてやめました。他者の心が離れなくなりそうだったのです。悲しいほどの苦悩の心。文字通り心が一体化してしまい、自我をコントロールできなくなると感じたからです。
もちろん、全ての生命が繋がっている感覚、いわゆるワンネス体験もできました。
それ以降、私の中の土星が解放された自覚だけは残っています。過去世の記憶を思い出してきたのは、それからの話です。
しかし同時にある疑問が生まれました。そしてその疑問は、課題となって今も私の中にあります。
占星術でも過去世を読むことができます。過去世から引き継いだ負のカルマ、そしてそのカルマに直面する時期。そして多くの人がこの数年間でその時期を迎えるという事実。2023年でいえば、土星と冥王星が大きく影響してきますが、この話は別の機会に。
負のカルマに直面する場合、現実の中で好ましくない出来事に遭遇します。いわゆる悪いことが起きると考えられます。病気・事故・離別・・・。そしてカルマ直面の悪い事態は、その人にとっての急所を突いて出てくるのです。
これを客観的に見ている人は、いとも簡単にアドバイスします。「こうしたらいいよ」「その執着を捨てて」・・と。これは、アドバイスをする人にとっては急所でないからです。自分ならそんなに大したことはないと思うからでしょう。
でもカルマに直面した人は違います。自分の最大の急所を突かれてしまっているので、どうする事もできないのです。むしろ死んだ方がマシと思ってしまうかもしれません。
では将来起こるカルマの課題と、その直面する時期がわかっていたとして、それを回避できるものなのでしょうか?
確かに占星術には未来を予測をして「対策を打てる」というメリットがあります。雨が降るとわかっていたら、傘を持って歩けばいい。台風が来るとわかっていたら、じっとしていればいいのです。
でもカルマの場合、何かの重大な目的があるので、避けられないかもしれません。一旦は回避できても、違う形でまた来るのかもしれないのです。
なぜなら、カルマは人を不幸にする為のものではないからだと思います。カルマは人を進化成長させるために必然的に起こるものなのではないでしょうか。
カルマに直面した時の「事態」は、個としての私たちにとっては好まない出来事になるでしょう。つまり自我が望んでいる形ではない。でも、全体の生命から見た場合、進化成長する為に必然の流れ、つまり「生命が望んでいる喜ばしいこと」なのだと思うのです。
それでは、カルマに直面したら、その負債は返済できるものなのでしょうか?私はそんなに甘いものではないと思います。借金をして、借金取りが来て、借金を返せなければ、借金は無くならないのと同じ理屈です。笑・・・笑い事じゃないかも。むしろ借金取りを追い払う為に、もっと借金をしてしまうかもしれません。
幾世もの過去世で積み重なった負のカルマが、今世のちょっとした労苦で消えるものではないと思います。だから初期仏教では、さらに幾世も幾世も生まれ変わって修行をすることでカルマを消していくという「歴劫修行」が説かれているのです。
実際にカルマに直面したら、どうしますか?
ここで問題は、周りの人は肝心のところを見逃してアドバイスしてくるのです。自分の最大の急所を突かれた人の精神的ダメージは半端ではありません。冗談抜きでなんとか生きているのが精一杯という精神状態になっていることでしょう。その状態から前に進むことがどれだけ困難か。
今回の話の結論を言います。
大宇宙の生命である末那識。そのエネルギーを活用しないと、カルマは乗り越えられないと思います。私たちにとって大切なのは、宇宙生命に近づくことではなく、宇宙生命からエネルギーをチャージして、現実の生活の中で生かしていくことです。
私たちがカルマを克服し、生命を成長させていく舞台は、現実社会だからです。
しかし、これを明確にうたえている哲学、思想がない。もちろん占星術にもその答えはない。昨今のスピリチュアルは、何とでも好きに言えるけど、何の根拠もない。
これは、およそこの数千年の人類の歴史の中で、ほとんど全ての人が辿り着いていない証拠でもあると思うのです。だから過去世のカルマを引き継いで、引き継いで、同じような人生を繰り返してきているのでしょう。
でも私は、この人間最大の課題は、乗り越えていけると信じています。どんなに重いカルマの負債があっても、今世の現実社会の中で、幸せに変えていけると信じています。
ただこれを明確に伝えられる「言葉」をこれからも模索していこうと思っています。
全ての結論は「教育」という流れの中にあると思う。
教育の武器は言葉だけではないからです。一緒に行動し、人格を見せ、生き様を見せていく事も教育です。言葉以上のものを、時間をかけて伝えていくことができるのが教育です。
私は、自分の中にだけあるこの「答え」を、私の子供に一番に伝えたい。
正確には、思い出して欲しい。
なぜなら、私たち親子は、もう遠い遠い過去に、この答えを確かに知っていたのだから。
そして、その永遠とも言える遠い過去も、今の私たちの心の中にあるのだから。

