ハイヤーセルフとは何なのか?

スピリチュアル考察

前回のソウルメイトに引き続き、スピリチュアル用語でよく聞くハイヤーセルフとは何なのかを考察してみます。ハイヤーセルフの存在は?ハイヤーセルフに繋がるとは?という疑問を考えてみます。
もちろん目に見えない世界なので、答えはわかりません。あくまで概念の「考察」となりますので。

一般的にハイヤーセルフとは、「高次元のもう一人の自分」と認識されていると思います。3次元世界で生きている私の他に、もう一人の私がいて、色々なことを教えてくれる存在のように思われているかと思います。

私の周りにも、ハイヤーセルフと会話している(という)人は少なくありません。私もハイヤーセルフと繋がるレッスンを何度か受けたことがありますが、繋がったと実感できたことはありません。
今回もブログを読んで頂いている方から質問を受けたので、こうして考察してみようと思ったのですが、ハイヤーセルフに関しては、ずっと腑に落ちないものを感じていたのです。その理由が何なのかが改めてわかったので、文字に残しておこうかなと。

もちろん「ハイヤーセルフのようなもの」に繋がる人はいるかと思います。しかし残念ながら、私の周りの「自称つながっている人」で、本物と思える人には出会ったことがありません。

ハイヤーセルフの起源

ハイヤーセルフという言葉は、近代神智学の祖とされるヘレナ・P・ブラヴァツキー(1831-1891)が、著書の「神智学の鍵」の中で語ったものとされています。

ちなみにこの方は、神智学協会の設立者の一人だそうです。
神智学はキリスト教の解釈を元に、神や世界の真実を探ろうとして誕生した哲学という位置付けになりますが、神智学協会は、キリスト教の間違えを否定し、インドの思想を積極的に取り入れ、インドで発展しました。よってインド哲学やヒンドゥー教、仏教などの様々な思想が取り入れられました。
ブラヴァツキーの神智学には、輪廻転生やカルマの思想も導入され、独自性の高い「霊的進化論」として発展したそうです。
ブラヴァツキーの著書では、アトランティスを根源の人種の一つとした「シークレット・ドクトリン」が有名です。

・・と書きましたが、私も知りませんでした^^;

この情報だけで、今の「魂進化系」のスピリチュアルの起源がここにあったのだなとわかりますね。
キリストの「神」の思想と輪廻やカルマが融合し、人間の「魂」が輪廻するという、スピリチュアルの王道の起源と言えそうです。

インド哲学とは古代インドから続く思想の総称です。インドには哲学と宗教の境はあまりないとされます。
古代インド哲学といえば、輪廻転生やカルマの概念を生んだ思想として有名ですが、実際には様々な宗派があり、肯定派もあれば否定派もあります。

そしてインド哲学においては、次の二つの概念も非常に大切です。

▼ブラフマン(梵)
宇宙を支配する根本の原理。
▼アートマン
意識の最も深い内側にある、個の根源のこと。真我とも言われる。(個人を支配する原理)

そして元々のハイヤーセルフの概念は、アートマンのことを指すと捉えて良さそうです。もちろん、近年では、拡大・複合的に解釈が変わってきているようですが。

ハイヤーセルフの考察

それでは、元々の思想の確認はこのくらいにして、考察を進めていきたいと思います。

まずブラフマンは、私共がよく使う「宇宙生命」という概念とはちょっと違います。どちらかといえば、宇宙を支配している「神」のポジションにあると思います。インド哲学的に、創造神ではないと考えられますが、私たちの概念から見た場合は、やはり「神」と考えて良さそうです。

そしてアートマンは、私共が使い分けている「魂」に該当すると考えられます。
一般的に、人間を構成するものとして、肉体と魂があると認識されています。そして死を迎えた場合、肉体と魂が分離し、肉体は朽ちます。
ここで「魂」はどうなるのか?というのが、実は重要な要素なのです。

人間には三次元の現実世界には「肉体」があり、別次元の目に見えない世界に「魂」がある。そして「魂」は輪廻転生を繰り返している。肉体は一時的な借り物だけど、魂は永遠の「自分」の本体である。
〜と考えるのが、アートマンの思想から生まれた、現代スピリチュアル思想の主流だと思います。
この考えによると、「私」は死んでも、あの世で「魂」として存在し、また地球に「私」として生まれてくるという概念になります。

これが仏教における輪廻転生では、考え方が根本的に違ってきます。
人間には「肉体」の他に「魂」と呼ばれる目に見えないものがありますが、肉体が死んだ後は「魂」は、宇宙生命に溶け込んで一体化するイメージです。従って「個」を形成する永遠の私である「魂」のような存在は無いと考えます。
言葉にすると「魂」となるかもしれませんが、正確には「記憶」という表現の方が正しいかもしれません。仏教における人間とは、より宇宙と同一と捉えられます。よく宇宙生命を「海」に例え、人間の生を「波」に例えます。「波」は「海」の働きにしか過ぎませんね。
人間の深層心理に「集合的無意識」があるという近代心理学の考え方は、より仏教的だと思います。

さて、ここではどちらが正しいかの結論は出しません。どうせ正解が出るわけでもないので。笑
ただ、この2つの思想の違いは、似ているようで、大きく違うことだけがわかります。
仏教の世界観では、永遠の「全体」としての生命があるとされ、アートマンの思想では、永遠の「個」があることになるからです。

今は大元の概念を比較しています。もちろん実際に使われている「ハイヤーセルフ」の意味は、そこまで明確に分けられていないと思います。ほぼ同じように認識されているでしょう。しかし、この課題は思ったより重要なので、深く考察したいと思います。

魂は「全体」か「個」か?

改めて、人間は「肉体」と「魂」の2つで構成されているものとします。

アートマンとは、「魂」を「個」の持っている要素と捉える概念です。
現世のAさんは「肉体」と「魂」を持ちます。そして死んだら、あの世に「魂」だけが行きます。
あの世の概念は様々ですが、最近は「別次元の世界」と解釈されるケースが多いです。「精神世界」とか言われますね。そしてその「精神世界」でも「魂」は生きているかのように表現されます。
そしてまた地球に転生してきた時には、同じ「魂」のまま、肉体だけ違うものとなり、生まれてくるという考え方です。

イメージが掴めますか?「魂」は永遠のものと解釈できます。つまり「個」である「魂」は死んでも変わらないことになります。
この思想をベースにすると、死は死ではないので、怖くなくなりますね。そして「肉体」はあくまで一時的な借り物で、「魂」が私の本体と言っても良いでしょう。
こうなると、わざわざ地球で辛く大変な思いをするより、ずっと魂だけの世界にいたいと思いませんか?だからアセンションしたくなるのです。高次元に憧れるのです。

一方で本来の仏教の思想によると、現世のAさんは「肉体」と「魂」(のようなもの)を持ちますが、死んだら本来の宇宙生命の海の中に溶け込みます。「個」を示す「魂」のような存在は否定しているのです。そして繰り返し波が海面に出るかのように、また転生してくると捉えられます。
仏教の概念は、言葉にすると非常に曖昧にも聞こえますが、生きている今の私たちは「個」でありながら、宇宙という生命と同一の存在であります。前回ソウルメイトも考察しましたが、あくまで宇宙生命からみたら同じ「生命」であり、同じ使命を背負った「波」の「波飛沫」と「波飛沫」の関係のようなものだと捉えます。
この思想を持った場合は、今の「個」としての貴重な人生をしっかり生きようとすると思います。またカルマも続いていくとわかるので、悪いカルマは断ち切り、良いカルマへと変えたいと思うはずです。

ちなみに、これはあくまで「本来の仏教は」という話しなので、今は様々に解釈されているでしょうし、アートマンの思想のように混同されている場合も多いでしょうね。笑

ついでにキリスト教によれば、現世のAさんが死んだら、天国か地獄です。笑
これは必死に生きそうですね。いい事をしたら永遠の幸福。悪い事をしたら永遠の地獄。確かに「道徳的」には正しい生き方をする人が多くなりそうです。でも、実際にこんな大きな二択を迫られたらどうしますかね?私なら、ビクビクしながら、消極的に生きちゃいそうです。笑

では、当時のキリスト教は、なんであんなに宗教戦争ばかりしていたのでしょうか?人を殺して地獄に行きたかったのでしょうか?
あくまで想像ですが、人間の命など、神や教えに比べたら小さいものだったのでしょう。教えを布教するという行為で天国に行けると信じ、戦争で人を殺すことは二の次三の次だったのだと想像できます。ちょうど今話題になっている、ガンダム水星の魔女の、「サイコたぬき」状態ですね。笑 知らない人すみません・・ですけど、恐らくアニメ史に残るシーンとなりそうですね。

さて、どれが正しいとかは言いません。もちろん今の時代が同じに解釈されているとは考えられず、ぐちゃぐちゃになっていると推測できます。
しかし重要なのは・・・

信じる思想が違えば、生き方そのもが根底から変わってくる・・・ということです。

目に見えないものに繋がれるのか?

さて世の中には、目に見えないものに繋がる体験がたくさんあります。
瞑想やヨガ、ペンデュラム(ダウジング)に、コックリさん笑

ここではタロットがなぜ当たるのか、簡単に考察してみましょう。
タロットは占星術と大きく異なり、理論的なものではないです。目に見えない力によるものとしか考えられません。でも当たります。めちゃめちゃ当たりますね。

一般的にはハイヤーセルフから答えをもらっていると言われますが、「高次元の私」「私の中の私」から答えをもらっているのかといえば、少し違うのかなと思います。

これも答えは出ないので、あくまで推測に過ぎませんが、私は、いわゆる「集合的無意識」から情報を引き出しているのだと思います。仏教的には「阿頼耶識」の情報をキャッチしているという事でしょうか。

タロットは絶対に当たるのか?未来は決まっているのか?という疑問をよく聞きます。これは、集合的無意識は未来を知っているのか?という疑問とリンクしてきます。
これもあくまで私の推測と経験からの話しですが、タロットで見た未来は、「見た瞬間」に変えられると思います。
タロットで出てくる答えは、現状の自分と過去の自分の情報なのだと思います。でも今の自分の中には未来の自分がどうなるかという「原因」が含まれます。だから未来に「起こり得ること」が読めると思うのです。

タロットは占星術と違い、あまり遠い未来のことは読めません。自分がどう変わっていくかわからないからです。またタロットの正しい活用法は、出てきた「未来の一つの可能性」を見ることで、自分の進む道を選択することだと思います。そして、その選択次第で、未来は変わってくるはずです。

これらの事から考察すると、タロットなどは「集合的無意識」にアクセスしていると考えるのが妥当かと思います。そして集合的無意識の中には「決まった未来などない」と、経験結果を元にした予測が成り立ちます。
そして集合的無意識の概念は、アートマンの示す「個」ではありません。

これまでの考察から、少なくてもアートマン的な「もう一人の自分」から答えをもらっているわけではない説の方が強いと思われます。

ハイヤーセルフは正しい答えを教えてくれるのか?

それではハイヤーセルフってみんなが思っているものは何なのでしょうか?

私はハイヤーセルフに繋がったと自覚したことはないので、その感覚自体がわかりませんが・・
自称繋がっているという人の言葉からは、「自分が本当にしたいこと」を教えてくれる・・という表現が多い気がします。「自分が本当にやるべきこと」を教えてくれる・・というのは、結果を見ていないからもっと判断がつきません。

ここから考えるに、多くの人が単純に「自我」に繋がっているだけなのではないでしょうか?
人間には「思考」と「感情」があります。そしてこれらが、自分の判断の基準にもなれば、邪魔もしてきます。本当はこうしたいけど「こうするべき」と思考で思ったり、本当はこうしたいけど「やったことがないから怖い」と感じたり。
瞑想やヨガ、その他の方法で「思考」と「感情」を極限まで抑えたら、本当にしたいことに辿り着くかもしれません。でもそれは、あくまで自我のような気がします。
まぁ、この行為自体はいい事なのかもしれませんが・・。

もちろん集合的無意識に繋がり、そこから答えを得られる場合もあるでしょう。タロットなど、様々な方法で実際にできていると思えるので、ツールがなくてもできる可能性は十分に考えられます。

私は、もしハイヤーセルフなりの「本当の私」がいたなら、尋ねた答えのほとんどの回答は、自分の好まないものになると考えます。
なぜなら、「本当の私」は成長を望んでいるはずですから。成長するための困難な道、より大きな障害を進めるはずです。だからカルマの課題が起きるのだと思います。
しかし「意識の私」は、困難など望みません。笑 できれば穏やかに何事もなく生きたいです。そんな状態が続いてくれた方がいいと感じるはずです。

こう考えると、やはり多くの人が感じているハイヤーセルフとやらは、自我のような気がするのです。

ハイヤーセルフに繋がるリスク

色々検証してきましたが、思考や感情に左右されずに「純粋な自分」になるというアプローチは、非常に良い事だと思います。
疲れた時に、大自然の中に身をおき、自分自身を見つめ直す・・といった方法も良さそうですね。占星術でいうところの2ハウス牡牛座の示すテーマです。

ところが、間違った方法で、心の扉を開いてしまったら、どんな弊害が起こるかわかりません。

今は至るところで、ハイヤーセルフに繋がるとか、ワンネス体験をする、アセンションするなどが目的のスピリチュアルワークがたくさんあります。
私は、その全てが間違えであるとは言いません。しかし「根拠のないものばかりだよ」ということは知っておいて欲しいのです。検証もせずに、なんでも鵜呑みにするのは良くないと思います。

なぜなら、心のアプローチを失敗したら、それこそどんな弊害が起こるかわからないからです。
もし身体の調子を壊した時に、訳わからない治療を受けますか?
心の問題は、身体の比ではありません。場合によっては、カルマの傷となり来世に持ち込む可能性だってあるのです。

世の中には不思議なものがたくさんあります。悪い「霊」のようなものが無いとも限りません。実際に「悪霊」の仕業と思われるような現象など、古今東西たくさん聞きます。今回は「霊」に関する考察はしませんが、「人間の心を狂わす何かしらの目に見えない力」は否定できません。

そして本来人間には、それらのものから守る力が備わっているはずなのです。スピリチュアルワークの多くは、本来は閉じている心の壁を、強制的に開く試みをしていると考えられます。しかし「正しい方法を取らない限り」、悪い影響を受けやすくもなるという可能性は十分に考えられます。

特に思考や感情を放棄した状態になることは、心が無防備になるということです。「霊」があるかどうかは置いておいても、少なくても「言葉」には無防備になります。つまり「洗脳」されやすくなるということです。
実際に、変なスピリチュアルに傾倒することで、精神の病を患ったという話は身近でも珍しくありません。

人間の心の中には、「九識」で言うところの末那識のような、人間の意識と無意識の壁は、必要だからあるのだと考えます。占星術で言うところの「地に足をつけて生きること」は、必要以上に「目に見えない世界」に誤った形で踏み込んではいけないことを教えてくれているのだと思います。

ドラゴンテイル蠍座の過去世を持つ人は、過去世でこの過ちを犯してしまった人達です。そこで作り上げてしまったカルマは、何度も何度も人生を繰り返して「間違え続ける」という、とても重いカルマでした。
これらの知識からも、私たちは「目に見えない世界への実践」は、大きなリスクも伴うことを学ばないといけないと思うのです。

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