今回は、スピリチュアル業界ではもはや一般的な用語であるソウルメイト・カルマメイト・ツインレイなどの言葉の起源と、存在の有無を考察してみたいと思います。
これはあくまで考察です。言葉の定義もあやふやですし、結論から言えば、確かな根拠となるような起源はないからです。
ソウルメイトとは魂の伴侶。過去世からの特別な縁と捉えることができます。
カルマメイトは別記事でも考察しましたが、一般的には過去世からカルマ(業)を抱えた関係で、その因縁を解消するために今世で再会している関係のことを指します。
一般的にはソウルメイトは良い関係、カルマメイトは悪い関係と捉えられがちですが、占星術で過去世リーディングを行なっていると、今世での深い付き合いは、過去世から何かしら解消すべきカルマを抱えている関係がほとんどとわかるので、カルマメイトが悪い=縁を切った方がいいなどと捉えてしまったら、親子の縁から家族の縁まで、ほとんど全部切らなくてはなりません。笑
カルマの意味を考えた場合、切るのは人間関係ではなく、因縁です。どこかで因縁を断たないと、また来世に持ち越します。そして因縁を解消するからこそ、自身の持つカルマ、相手のカルマを同時に解消して関係を修復することができます。
そして人間関係そのものは、このカルマとは関係なく「二人の特別な使命」があるかどうかによると考えます。
ソウルメイトの起源
ソウルメイトの概念は、古代ギリシャの哲学者であるプラトンによる、元々は両性具有の人間が、2つに引き裂かれて男と女になったという説から来ているようです。
ソウルメイトとの言葉は、1822年にイギリスのロマン派詩人のサミュエル・テイラー・コールリッジが、女性に送った手紙の中にあった言葉だそうです。
近代神智学では、人類は元々両性具有の霊的な存在であり、霊的に退化して男女に分かれたと。
そしてスピリチュアル業界では超有名なエドガー・ケイシーが、人間は転生を繰り返して自分の片割れを探している。霊的進化を果たしてカルマを解消したら、ソウルメイトと融合して元の霊的な存在に還ると考えました。
こう歴史を振り返れば、今のブームは、エドガー・ケイシーが事実上の大元って言って良さそうですね。笑
さて、改めてこう調べてみると、ツッコミどころ満載でした。笑
どこからツッコもう。笑
とりあえず、正統?な歴史でみると、全く根拠がないことはわかりました。
そもそも元々人間は、霊的な存在だったのか?両性具有から男女に分かれたのか?
これに関してはこれ以上論じません。笑
エドガー・ケイシーの思想は、ソウルメイトというより、ツインレイに近いですね。
ツインレイとは、自分の魂の片割れを持つ人がどこかにいるという認識でいいかと思います。ただ今のスピリチュアル的には、大元の自分の片割れという意味ではなく、前世で一つだった魂が二つに分かれて転生してきた関係、という意味の言葉のようですが。
ちなみにツインレイの起源は、アメリカのスピリチュアリストである、リサ・J・スミスさんが、1999年にサナンダ(キリスト意識)からチャネリングして降りてきた概念だそうです。
この内容によれば、男女の統合が目的みたいですね。人間を霊的な存在に戻すためってことですね。
こう調べていけば、エヴァンゲリオンで言うところの人類補完計画をマジで考えている人って少なくなさそうですね。笑
この人達はエヴァを全部見た方がいいと思います。笑 特に初期のトラウマエヴァ。
エヴァのテーマはアンチテーゼ(ある理論を否定するために作られた反対の主張)でしたが、エヴァの結論は「虚構の世界を捨てて、現実世界に戻る」でしたので、何へのアンチテーゼだったのか明確ですね。
そもそも一番のツッコミどころはここかも↓
これらソウルメイトの起源は、キリスト教がベースになっているということ。
しかし本来のキリスト教は、輪廻転生の概念がないはずです。聖書では、人間が死んだら神の裁きを受けることが定められていて、人間として生き返れるチャンスはないとあります。そもそも輪廻転生をはっきりと否定していたはず。
ということは、やっぱり結論としては、明確な根拠はないということ。
もうひとつの警鐘として、現代のスピリチュアル思想は、基本的にぐちゃぐちゃに混じった思想がほとんどだということ。
ソウルメイトの関係はあり得るか?
では、実際にはソウルメイト(カルマメイト)ツインレイといった存在がいるかどうかを考察してみたいと思います。ここからは言葉の意味は無視します。「そのような」存在がいるかどうかで考えます。
ソウルメイトの大前提は、輪廻転生があるかどうかです。だからまずは仏教的に見て、ソウルメイト的な関係があり得るか?を考えてみます。
これは、このブログでも何度も論じていますが、すべての人間は、元々ひとつの生命です。そこから「個」の役割を与えられ、「個」の生命は生死流転していると説かれます。従って、自分の生命の近くにある「個」とは一緒に流転していると考えられるので、仏教的には同じ使命を持った者どおしが輪廻転生を繰り返して出会いあうのは必然とされます。言葉で言えば「カルマ」で繋がっているようなものです。
従って、仏教にソウルメイトという言葉はないまでも、ソウルメイトと呼ばれる「絆」はあると考えて良いと思います。
ソウルメイトとカルマメイトの違いは、克服すべき悪業が強かったらカルマメイトというだけと捉えます。どちらも、共通した使命があることには変わりありません。
ちなみに人間関係において、好きの反対は嫌いではなく、好きの反対は「無関心」です。もし無関心になってしまえば、その後の関係は無いでしょうし、そもそもそこまでの縁も無かったのでしょう。
愛と憎しみは表裏一体です。絆がある以上、無関心になれるものでは無いのだと思います。
問題は、ツインレイの存在です。これをどう解釈するか、最後に考察してみます。
ツインレイの関係はあり得るのか?
仏教においては、もちろん両性具有が男女に分かれたという説はありません。
一人の生命が、二つに分かれたという説もありません。
しかし「個」の存在に、魂が一つずつ割り当てられているという概念もありません。従って、同じカルマを持つ人間がいないとも言えないので、(単なる片割れという解釈での)ツインレイが無いとも言い切れないかと思います。
生命の個性占星術において、牡牛座♉️の太陽なりドラゴンヘッドを持つ者は、幾世の過去世において蠍座♏️の人生を生きてきたと読みます。そして蠍座の時代に、間違った形で魂の融合をしてしまったと読めます。今で言えば、不適切な形でワンネス体験をするとか、イタコ的な行為をしてしまうという感じでしょうか。これによりカルマを共有してしまうことが考えられます。
これは、同じカルマを持った「個」に分かれてしまうと想像できるので、今世で強く引き合って、カルマの解消に向き合うことになる・・と考えられます。そういう関係があっても不思議ではありません。
こう考えると、ツインレイと言えども、カルマメイトの仲間にしか過ぎません。ツインレイの概念は、神智学的な要素が強いと思うので、私たちの中では使わないと思います。
いずれにしても、解消していないカルマを持った関係どおしは強く引き合うはずです。人間としての思考において「縁を切りたい」と考えたとしても、生命は「カルマを解消したい」と感じているはずだからです。そして生命の奥底では「良い縁に変えて共々に幸福になりたい」と感じているに違いありません。

